夢にまでみた

ここ最近の3つめ

入手しました!清水の舞台から飛び降りる思いでついに!夢にまでみた打刷毛を!

自分の仕事に必ずしも必要な道具じゃないから、わたしには贅沢品です。大事に使わせていただきます。

さて。子どもの作文のようなスピードで、もう表題について書きたいことがなくなってしまった。むしろ写真だけでもよかったんですけどね。いい買い物したことを見せびらかしたかっただけだから。

でもついでだから制作テーマと以前の出来事でもうちょっと書きます。

夢は以前からテーマにしてましたが、ちょっと前に、たしかデザイナーさんが考えてくださったと思うんだけど、ポスター用のコピーが気に入ってしまって、「夢と、憧れと、強さ。」そのまま使わせてもらってます。三拍子そろってて、いいじゃないですか。

「夢」と一口に言っても、その意味って人によってかなり違うものです。

肯定的だったり否定的な意味合いだったり、会話してる二人とも、なんだかよくわからないまま言葉を交わしてる時もあったりなんかして。面白い言葉だと思います。

かなり前のことですが近所の焼き鳥屋さんに行った時、飲んだくれの顔の赤いオジさんから、

「で、君の夢はいつ叶うの?」

って問いかけられたことがあります。

んー?

オジさんにとっての夢というやつはどこかに到達する地点があって、その時がきたら「叶った、手に入った」というものらしいということが質問の仕方からわかった。であるからして、わたしは答えに困り果てた。わたしの見解と彼のそれとはまるで違ってたから。

わたしが思っている「夢」とは、もっと具体的で、到達点なんか無いんです。

夢っていうのは、可能性たっぷりの更地みたいなものじゃないかと思うんです。

希望というやつも夢に似てますけど、それはただの建設予定地であって、すでに自分の足元にあるような場所のこと。

夢を持つのってテーマパーク建設予定地みたいな場所を維持し育んでいくという、継続した決意の表れに違いないんじゃないかしらと思っています。

みんな生まれながらにして広大な更地をもっていて、そこに木を植えようがビルを建てようがぜんぶ自由。人を招いてもいいし、クローズドの花園だっていいんです。心の中のものだからね。いくつあってても構わないし。夢を持つのってちょっと面白そうじゃないです?

時間を忘れて没頭できること、夢中になれること。

四六時中いつでもそのことを考えずにいられないようなこと。

そういうようなことを「夢」とすれば、努力であるとか難題であるとか、そういったものを一つ一つ乗り越えることも苦にならないんじゃないかなと思います。それどころかむしろ、自分のいる場所が楽しくて仕方のない場所になるかもしれません。

夢は「わくわく」、憧れは「キラキラ」、希望は「きっとだいじょうぶ」。

わくわくキラキラきっとだいじょうぶ、そういった思いを持つこと自体が、われら人類の足元を明るく照らし、人生ってものをより強くしてくれる。と信じてます。

時々すれ違いざまに

「君の夢はいつ叶うの?」

だなんて、トンチンカンにも思えることを尋ねる人が現れますけれど、風に紛れて聞こえる雑音でしょうか?

何をどう答えたらオジさんが聞きたい答えになるかと一瞬考えたのち、いいや、と思い直して「じゃオジさんの夢って何さ?」と逆質してみましたら。

「オレの夢はねぇ。何歳になっても日曜の午後、こうして陽の高いうちからさぁ、飲んだくれることだよ。いつまでも飲んだくれていたいよねぇ?でさぁ隣の美人にお酌してもらえたら尚いいよねぇ。で君は飲んだくれるための努力なんかしてんのかい?」

ですって。

つまりコツコツ働いてドロップアウトすることなく、平和な日常生活を守っていけることが顔の赤いオジさんの夢。

なるほど。

この国にとって超がつくくらい重要人物ですな顔の赤いオジさん。その夢、支持致します。

さて答えが決まった。

わたしの夢はね。

愛する人々のよろこぶ顔思い浮かべながら次に描くもの考えつつ、もう一杯おかわりいただくことです。もう夢なんかすぐ叶っちゃうよ。あ、オジさんはオジさんで、そっちで自分でやっといて。

わたしお酌は、致しません。

おかわり~


 
 
 
 
 


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