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2020.08.22 | BLOG

レモンのしあわせ

 

ことしは8月3日ころに南東の強い風がふきました。

札幌は8月に入ると、普段の西から吹くカラッとした風が身をひそめて湿った南東の空気がワーッと上陸する時があります。

そうなると「ハイもう夏気分終わりね!」って宣告されたような気がして、あとはお盆にかけて夜明けが遅くなるのを日一日と目にし、明け方の気温がぐっと下がるのを肌で感じて、加速的な季節の移り変わりはあっという間。札幌の夏は爽やかで過ごしやすさ抜群ではないかと思ってますが、日中の気温は高くても確実に秋に向かっているのを実感するこの時季、やっぱりちょっと寂しいものがあります。

 
 

そんなこの頃ですが。

最近気づいた大発見があって、結構忙しいんですがお知らせしたくてカタカタとキーボードたたいてます。

 
 

何かといいますと。

 
 

いままでずっと市販のレモン果汁を使っていたんですが

生のレモンを絞ったほうが断然おいしい!!

という発見。

絞るのめんどくさいからジンジャーエールを仕込むときぐらいしか生のレモン買わないですけど、たまたま買いに行った八百屋さんのお兄さんが「まとめて買った方が安いですよ~」と教えてくれたんです。

 
 

「安い」とか「おトク」とか「ワケあり」とかいうフレーズに反応してしまいがちな脳構造なので、「え?ほんと?」って反射的に聞き返しましたら。なんと「一個買うよりも数個を買った方が安い」という謎の価格設定。それ、儲かります?北海道だからってそこまでおおらかでいいの?正直そんなに必要なかったし、どういう理屈かわからなかったけど、安さにはかなわないので深く考えずにレモンたくさん買い込みましたとも。

 
 

で、ご想像の通り。

 
 

翌日うちの冷蔵庫には、出番なく「とりあえず待機」を言い渡されたレモンが大勢ひしめいているという事態に。だってそんなにジンジャーエールがぶ飲みしないしさ。そのまま2日経過したのち、やっぱりどうしても目につくので、なんとなくレモン絞って冷蔵庫にあった炭酸水で薄めて飲んでみた。

 
 
 

すると!

 
 
 

それがおどろくほどおいしい。

大事なことなので繰り返します。

レモン、絞る、炭酸水in。

 
 
 

すーーーっごく美味!

 
 
 

ケガの功名、雨降って地固まる、棚からぼた餅、災い転じて福となる・・・うまい表現見つからないけど、結果オーライとはまさにこのこと。しあわせな発見に諸手をあげて狂喜乱舞し、それからというもの、ほぼ毎日レモン絞って飲むというセレブリティな朝を楽しんでおりますこの夏です。毎朝まるで叶姉妹になったような気分ですのよ。

 
 

で、ふと思ったこと。

そんなふうに自家発電でしあわせ感じられるおトクな性格に生まれついてよかったなって思う今日この頃。育った環境がその後の人生に大きく影響するんだなって、レモンで再確認しました。

 
 

幼いころから祖父母にはずいぶんかわいがってもらいました。母もおおらかな性格で、日常に喜びを見つけることに関してクリエイティビティに富み、でも過干渉でもない人だったので、いろいろなことろへ出かけ興味ひろがる体験をさせてくれました。自分の感覚に素直でいられるってありがたいことです。

 
 

レモンのしあわせに感じ入ってて、さらにひしと感じたことがあります。

時々人と話してて、「感覚的なこと楽しむのって面白い」って話しをすると、実に様々な反応がある。

いちばん多いのは「ヒマか~。でもそれ楽しそう~(笑)」というやつ。

 

だけど中には「へー。よほどその道に詳しいんだろうね?」と返してくる人や、「そんな風にしていられるのは誰のおかげ?」と執拗にあなたのおかげですと言えと迫ってくる人や、「そんなことぐらい自分にも経験ある!やりたいと思わないけどね!」・・・といったような、実にネガティブな反応をする人もいたりします。

 
 

いやいや。

なんの話ですか(笑)

人間っておもしろい。

 
 

おもしろい反応する人と話してると、共通することがあります。

「人に認められてはじめて意味があり価値がうまれる。周りにどう思われるかが重要なことである。いい人間で在りたい。」

 
 

なんてことを言います。

 
 

ほう。

 
 

そうか。

 
 

・・・?

 
 

わからニャーイ!笑

 
 

たしかに、どう在りたいかは個人の自由だと思います。ただ、どうもね。なんとなく、無いものねだりに聞こえてならない時があります。

ちょっと想像してみてください。ご自分のお子さんに「いい人間であれ」なんて言います?いや、はっきりした指標の無いこと押しつけられても、わたしが子どもだったら途方に暮れてグレますたぶん。もっと悪ければ、自分の本音がわからないまま親のご機嫌取りをするような子どもになっちゃうかも。

どういった感覚出発なのかカウンセリングしたわけではないけど、顔に貼り付けたような笑顔でそう話す方の心の奥底の息苦しさ、迷子のような、混乱と正常化バイアスのせめぎ合いに混沌とした様子、そういうようなものがすごく伝わってくるときがあるんです。

 

それで最近、テレビドラマの半沢直樹を見たり(笑)しながら、すこし想像してみたりしました。

 
 

勝てば官軍負ければ賊軍とはよくいったものですが、そういった感覚を背負っていて、それを礎に自らを取り巻く物事をとらえている人、わりと少なくないのかもしれないってこと。

官軍であり続けなければ官軍以外(つまり賊軍?土下座?)になってしまうような思いに囚われるあまり、自分にないものを持ってる人に接すると「そんなものは大したものではなく、自分には及ばない」と言わずにいられないのかも。「自分のおかげ」を強調して必死に上下をつくろうとするパターンの人もあります。

 
 

しがみつくような気持があって、それでずっと確認していないといられなくなるのかもしれない。つきまとう不安を拭い去るため。

自分を都合よく映し出す鏡は、それを一旦手にすると、二度と手離せなくなってしまうかもしれませんよ。

 
 

「白雪姫」で魔女が話しかける鏡。

正体なんなのか説明がゼロだけど、突然出てきておきながら妙にレギュラー感ある不気味なアレです。

普段は心の中のどこか深いところにあって、足元が揺らぎそうになると、ついつい手にとってしまうものなのかもしれません。白雪姫の魔女みたいな鏡依存症にはなりたくないですよね。

 
 

ならば!

あえて声を大にして言いましょうぞ。

 
 

鏡なんか手放してー!

 

勝手にしあわせ感じたらいいんですよー!

 
 

もしも何も良いコトなくて自分の有効感に物足りなさ感じたら、とりあえずレモン買ってきて絞って飲んでみてー(笑)

なんなら自分で自分を笑わせるのだって大いにアリです。

そこにあるしあわせに目を向けましょー。

 
 

ついでにもうひとつ大事なこと。

鏡の誘惑に動かされないことだと思います。

 
 

時折、いろんな人がひょこっと来て「どう息抜きしたらいいのかわからなくて… 」「続けたいけど不安が… 」などと密かな悩みを打ち明けてくれたりします。

 
 

いろんなこと、あると思います。

でも何があっても、短絡的な魅力に満ちたものに引き寄せられて自分を見失わないように、鏡にのぞき込まれる前に立ち止まってみてほしい。鏡なんかで自己実現は叶わない。と思います。

 
 

このブログを読んでくださっている、わたしの大切な皆様(叶京子様風に書いてみた。そんな気分だから。)には、いつでもしあわせ感じていてほしいです。どうか鏡に映し出した虚像なんかに依存しませんように。

ついでに言わせてもらうと、わたしが一番信頼している相談相手は自分自身。いつかこの人に認められたらいいんじゃないかなってのも、自分。わたしにお墨付きを出せる人がいるとすれば、それも自分なんです。まだまだちゃんちゃらおかしいレベルですけどね(笑)

 
 

ちなみに。

夢の中で面白いアイデアとかよく出てくるんですけどわたし、そのアホさ加減が驚愕で。

この間すごい面白い小噺ネタを夢で思いついたんです。

それであわてて起きて書き留めようと思いながらその前にお楽しみのレモン絞って飲んでたらうっかりそれに感動しちゃって、ネタのことはきれいさっぱり忘れちゃったんだけどね。じゃなんで今書いた?ま、いいじゃないですか。

そんな程度で十分しあわせ。

みんなしあわせ実感しましょう。

 
 
 

#ステイホーム

#レモン

#しあわせ

#叶姉妹風モーニングルーティン

#あと小噺は本業に必要ない

#でも必要ないことはむしろ必要

#ていうか今もっとも必要なのは運動不足解消じゃないか

#ダイエット TO GO

 
 
 

 
 
 
 
 
 

2020.05.25 | BLOG

リアリティショー

テラスハウスというリアリティ番組。

欠かさず観てました。

 

新型コロナウイルスの影響でしばらく放映ストップしていましたから、こうなってしまってはもう打ち切りかな、残念だなと思っていました。それが、ストック映像での放送ということでここ2週くらい、久しぶりに観させてもらっていました。

 

リアリティショーというジャンルのコンテンツ。

台本は無く、男女6人の共同生活の中で起こる様々な出来事をつづるという内容。恋愛模様を軸に、友情あり、ドラマチックな展開あり、出演者の個性も際立っていて、そこにスタジオの芸能人らがコメントするというのも番組の大きな要素でした。一話あたりだいたい45分なんですが、見始めるとあっという間です。

 

出演する人はおしなべて個性豊かで魅力的な人ばかり。恋愛模様よりも、むしろ出演者のキャラクターの方にわたしは引き込まれていました。本音でぶつかり合うみたいな場面もあって、「学生の頃、こういう揉め事ってあったなぁ」と思わさるような、懐かしいような思いで毎週楽しみにしていました。

 
 

ただ、いくら台本が無いとはいえ。

その前に「エンターテイメント」「ショー」という大前提があります。見る人がハラハラドキドキするような編集がなされていなければ成り立たないもの。

 

日々の自然な流れをカットして、象徴的なシーンをつなげて、見る側によってイメージが盛られるような効果を狙い、そんなふうにして作られているコンテンツ。台本のない事実を素材にしているとはいえ、タイトルをつけて編集されている時点でなにかしらの意図が存在するわけで、そうなるともうそれは本来の現実からは大きく離れたものになっているはずです。

 

あたかも突然、ドキッとするような出来事が起きているかのように。そう見せているんだろうなとわかるような構成の時だって、当たり前にあります。エンターテイメントだから。すべからく、おもしろおかしく編集されたものだから。

 

見ている人も、怒ったり泣いたり喜んだり悲しんだり、そういう疑似体験を一緒になって楽しむために用意された映像作品です。もしも、見ていて「それってどうなの?」と疑問を感じるようなことがあったとしたら、それがその作品からのメッセージなのだと受け取って自分の人生に反映すればいいだけの話。そういう当たり前の、大前提があってのもの。

 
 

友人ともしばらく話しましたが、わたしがどうしても考えてしまうのは。

この種のエンターテイメントを作ろう楽しもうとするときに。出演者の言動の端々を切り取って見せようとするときに。視聴者側も成熟した人ばかりではないかもしれない、という想定はできなかったのだろうか? なにかもっと人格権を守る手立てはなかったのかってこと。

 

そう思えてならないニュースに動揺しています。未来ある人が志なかばで急死だなんて、そんなことあっていいわけがない。

 

見たままを見たまま聞いたままを聞いたままにしか受け取らない、はけ口を欲しているだけのような心づもりの軽い人だって世の中には多少なりともいるでしょう。そこまでではなくとも、誰かが発した言葉の尻馬に無自覚に乗っかってしまうぐらいなら、誰でも思い当たるところではないかと思います。

 

では、エンターテイメントを単なるエンターテイメントとして処理できず、はけ口に利用する人間が悪い、誹謗中傷する人を罰しよう、自分はそういう人とは違う・・・それで済む問題でしょうか。悪人探しを解決策とするのはもっとも手っ取り早いけど、それだけでは足りていないように思います。(決して、未熟な人が踊らされたのだというようなことでもないと思いますが)問題の根本は一所ではないのではと、そう思えてならないです。

 
 

人の心は体以上に傷つきやすいものではないかと思います。たいへんな危険にさらされると心は、緊急事態用の神経回路に自動的にシフトし「逃げるか、戦うか」の二択しか頭に浮かばなくなるようになっているのだとか。

 

逃げるのか戦うのか・・・といってもこんなケースでは、個人ではどうしようもない。戦う相手が目の前にいるわけではないから戦えない、場所の問題じゃないから逃げようもない。まだ22歳で、たったひとりきりでそんな危険なところに立たされていたのかと思うと、胸が押しつぶされそうでやり切れない。

 

生きてさえいれば打開のチャンスはいくらでもあったはず。でも、状況がそれを許さなかった。

 

リカバリーしようのない異常な状況が、そこにできてしまっていたのではないだろうか。そう思えてならない。

 
 

ここまで書いたことは、訃報のニュースを見てからわたしが考えたこと。

では、番組視聴中はというと。わたしが画面越しに見ていた木村花さんは、一生懸命さがかわいらしくてたまらない、笑顔の素敵な女性でした。

 

二度とこんなことが繰り返されませんように。

なにを考えるべきか、考えつづける社会でありますように。

 

作品を作って発表するってどういうことなのか、もっともっと考えていかなきゃいけない。

今、そんなふうに思います。

 
 
 
 
 
 

2020.04.22 | BLOG

踏みだすべき一歩 ヒーローを読む

 

つい先日、甥っ子君が「鬼滅の刃」を教えてくれて。

新しもの好きの叔母としては見ないわけにはいきません。

 

さっそく小学生に大人気だというヒーローをチェックしました。

なるほど、今「求められる強さ」とはこういう感じか!

 

そういうわけで今日は。

ものすごく久しぶりにアニメを見た叔母の。

ヒーロー推しにおつきあいを。

 
 
 

まず、押しも押されぬヒーローとして外せない。

ウルトラマン。

 

怖い怪獣から守ってくれるこの方、知らない人はいないと思います。

「ウルトラマンが来たからもう大丈夫!」

あの瞬間の安心感、安堵感は。

もはや信頼関係と呼んでいいレベル。

 

あわてずひるまず決して敵に背中を見せない。

敵を倒す以外の余計な出しゃばり方もしない。

無口なところも大好きです。

ダントツの好感度No,1ヒーロー。

 

善と悪とが見た目でわかりやすすぎる問題もあるけど、けっして子どもをバカにしているわけではない。ブレない勧善懲悪物語のヒーローは、実際わかりにくい世界ってものを都合よくシンプルにして見せてくれる。

 
 
 

そして。

世界的人気、ドラゴン・ボールの悟空。

 

邪気が無くポジティブで弱音を吐かない。

バブル期から崩壊以降を駆け抜けたヒーローでした。

 

愛されキャラ悟空が「みんなオラに元気をわけてくれー」と叫ぶ必殺技、元気玉。

道端の草や太陽から再生可能エネルギーのように集まる力。

 

より多くの賛同を集めるだけ力も強大化するというポピュリズム的な技に。

当時は若干、「カメハメ波を凌駕する技が・・・それ?」ってなったけど。

いや悟空に問題があるのではない。

時代がそうさせたんだと理解してます。

だってその時もう泡は弾けてたから。

普遍なんてどこにも無いかもと誰もが思いはじめてて、そういう救いが必要な時でした。

 
 
 

そして応援したくなるのは。

スパイダーマン。

 

ピーター・パーカー、もう3代目か4代目くらい?

等身大の庶民派ヒーロー。

悪に立ち向かうっていうよりは。

内なる自分と戦って自分に勝つヒーロー。

 

最近はアベンジャーズとの境目がわからない感じになってきてるけど。

でも、思春期ヒーロー成長記としては期待を裏切らない。

ティーンエイジャーが日常と非日常を行ったり来たりしながら、リアルを紡いで少しずつ大人になっていく。日本的な他者主体でなく、あくまで自分主体のヒーロー。そこがスパイダーマンの良さだと思います。

 
 
 

そして。ほんとにごく最近みた。

鬼滅の刃。

 

血潮の描写多かったりとか。

「生殺与奪の権」とか「笑止千万」とか「猪突猛進」とか。

よくわからない言語が出てきて(↑日本語なの?)、「!」とか「?」とかなるけど見てれば慣れます。兄妹文化を知らなくても大丈夫。見てればわかります。

 

ヒーロー役は3人の子どもたち。

ルール破りの子、臆病で泣き虫な子、力で主張しないと気の済まない子。

 

みんないわゆる「KY」なんですけど。

でも誰かに気に入られるためであるとか、いい子と思われるためであるとか、そこに自分を合わせてくことはしない。ルール破りと言ってもアンネフランクを匿うのと同じようなルール破りなわけで。

 

つまり。

空気は読めないけど自分は読める。

だから嘘のない友情で結ばれてく。

そういう強さが軽快に描かれていて、それが現代のヒーローとして子どもたちにウケるポイントなのかもしれません。

 

主人公が敵である鬼に向かって「申し訳ないけど。申し訳ないけど。」って何度もつぶやくシーンがあります。そういうのウルトラマンでは絶対にない。

 

子どもは未熟な存在であって理解力も共感力も低いから難解な物語を読み取れないと思いますか?違います。

 

社会に適応するため、人は様々な未消化物に蓋をしたり、感情のラベルをこっそり張り替えたりする。そうやって「大人みたいなもの」になっていく。

 

でも子どもには。

まだ適応し切っていないからこそ持ち合わせている、感じ取れるセンシティブがある。

そういうセンシティブがうまく取り入れられているからこその人気なのであり、今の時代に求められる強さなのかもしれません。

 

自分の感じ方を置いてきぼりのまま。

大人の求める「大人みたいなもの」に右ならえさせられて大きくなってしまうと。

お腹の底に強迫観念やら不安やらを溜め込んで蓋をしたまま、「嫌われたくないから本当の気持ちを隠す」「人に何ていわれるか常に考えながら行動を選ぶ」「いい人に見えるよう必死にふるまう」。悪くすると、「その居心地の悪さを他人に肩代わりさせる」ようになってしまうんじゃないかと思います。

そうでありながら、本人ですらそれと気づかずにいる大人が多いのが現代のひとつの現実。

そしてこのヒーロー物語では、そういうものの存在を「鬼」として描いています。

だから鬼、怖いだけじゃなく、なんか悲しい背景がありそうで可哀そうなんですよね。

 

子どもたちが感じてる繊細なモヤモヤを吹き飛ばすヒーローに興味のあるかたはぜひ。

たまには童心にかえってみるのもいいものです。

 
 
 

さて前置きが長くなりました。

ここまでテレビやスクリーンのヒーローばかり推してきましたが。

 

この叔母の最新ヒーローはね。

高座のヒーロー。

春風亭一之輔さん。

 

http://www.ichinosuke-en.com/

 

鈴本の4月下席の予定が流れてしまったとかで、そういった状況下、YouTubeで10日間落語生配信をされるという心意気。

そして。初天神をこんなことにしてしまうなんて、一之輔さん強し。強すぎる。

(笑)

イチ推しです。

 
 
 
 
 
 

2020.04.19 | BLOG

踏みだすべき一歩 なにをえがく?


 
 

人の歴史それすなわち戦いの歴史。

戦いの背景に何があったかまでは教科書には載っていない。

 
 

どうしてそうなったのか?

どうやっておさまったのか?

 
 

知りようのないことは、後の歴史書などを読み解きながら想像するしかない。

 
 

疫病や飢饉や自然災害についても同じ。祖先がどうやってその危機を乗り越えたのか想像するしかないんですよね。

 
 

どんなに医療が進歩していても、新しい疫病を前にしては、限られた選択肢のうちからどの道を選ぶか、しかない。今はじっと堪えながら、できるだけ急に広がらないよう時間稼ぎに徹するしかないというほぼ一択の状況だけど。凹まずにがんばりたいものです。

 
 

行政のあり方や、教育のやりかた、働き方、社会とのかかわり方、そして、時間の使い方など。いろいろ冷静に見直すきっかけにもなると思うので、一人一人が、ここで何かしら一歩踏み出してみるというのもいいんじゃないかと思います。

 
 
 

というわけで。

前にも書いたことあるような気がするけどまた書きます。

 
 

絵の題材にした、ある「神話」について。

 

北海道はあたらしい土地で歴史が浅いなんて言われがちですが、そんなことありません。

蝦夷(北海道)にはもともと先住民族であるアイヌの人々が暮らしています。

あとから、和人も入ってきて住み始めました。

 
 

松前藩が徳川幕府公認となったのは1602年のことですが、後から来た和人によるアイヌ迫害はそこからぐんと加速していきます。1457年コマシャインの戦い、1669年シャクシャインの戦いなどよく知られているかと思います。(もともとそこに住んでいた人々を居住区から追い出して土地を取り上げるだなんてひどすぎるけど、実際にそれを実行した人がどんな心持でそうしたのか、想像できます?)

 
 

1666年、円空さんが蝦夷に来ました。

ちょうど各地に新しい寺社を作っている時だったということもあり、円空さんは3年も滞在して多くの仏像を残していったそうです。北海道の木古内という町の佐女川神社のご神体も、このときに円空さんが納めていったものであるようです。

 
 

1758年には幕府によって「同化政策」が布かれ、アイヌ文化は完全に否定されます。同化を強要されるなんてどう考えても承服しかねることだけど、そんな人権侵害が今からわずか260年前のその当時、実際にあったことです。住んでいた土地を追われたアイヌ男性の多くは雇われ労働者に、女性は入植者のものにされ、子どもはアイヌ語を禁じられ隷属化がすすめられます。

 
 

1789年にはアイヌの最後の抵抗ともいえるクナシリ・メナシの戦いと呼ばれる大きな蜂起があったものの、すぐに鎮圧されてしまいました。それまでちょいちょいあった小さな蜂起すらも以降なくなってしまいます。

 
 

そうやってアイヌが無力化されているうちに、蝦夷にはロシア人の影がチラつきはじめます。(ロシア、近いんですよね意外に)

 
 

ロシアのことが気になってしかたない幕府は、蝦夷を直轄にします。一時はゴローニン事件などいろいろ経て緊張関係が緩んだかに見えたものの、水面下で外国人勢はじわじわ増えつづけます。それで、ロシア関係の不安を拭い去れない幕府は、1820年代あたりから「とにかく蝦夷に和人を増やす」ことで不安を解消しようと試みます。

 
 

ところが。

大々的に入植者を募り、和人急増計画を推し進めているタイミングで。

 
 

1831年から数年、気候に恵まれない年が続きました。開墾したての土地に不作つづき。交易経済に頼り切りな上、おまけに体制が古くなって汚職が横行しはじめるという始末。民には負担だけが増していくという三重苦。苦しい状況に民衆の信仰心も薄れ、寺社は求心力を失っていくばかり。

 
 

このままではピンチを乗り切れず地域住民と共倒れになる!と神主さんや長老たちは頭を抱え、寄り合いをひらいて知恵をしぼり合うことになります。

 
 

そうして「神話」が練られ、「祭り」という地域の一大イベントが企画されることになります。祭りに盛り上がることで民衆の心はふたたび結集し、協力関係を強めることでピンチを乗り切れたようです。

 
 

佐女川神社にまつわる神話も不思議なもの。

ある晩神主さんが、サメに乗った女が現れる夢をみたのだそう。「これはお告げに違いない!」と確信した神主さんはご神体を抱えて海で禊ぎを行ったというお話。海の波にバシバシ打たれながらの「禊ぎ」ってなかなかのインパクトですよね。そして実際その地域では、その神話をベースに祭りを実行したことで2年後にきた「天保の大飢饉」を難なく乗り切ったということです。

(1833年から1837年頃まで続いたとされる天保の大飢饉では多くの犠牲者が出たけど、行政の対応によって一人の餓死者も出さなかった藩もあったようです。システム改革だとか心がけだとかによっても、未来って違ってくるものなんですね)

 
 
 

ところで。

不思議で面白いなと思うのは「なぜサメ?」というところ。

 
 

「禊ぎ」の部分ならなんとなくわかる。古事記の中でイザナキノミコトが黄泉の国から戻った後お清めのために行った記述があるので、「厄払い」のような意味合いで入ったのかなと思います。(でもイザナキの場合は「イヤな醜女(奥様)キライ。」的なことを言いながら禊ぎをしてるから、ちょっと違うけど。)

 
 

「サメ」は?

その地域で食用にもしていたわけでもない、ゆかりの深い動物でもないのに「神獣」っぽく選ばれたその理由はなんなんでしょう?(食べたりしてた人いたのかな?)

 
 

どうしてなのかはわからないけど。

でも、わからないから不思議で面白いですよね。

 
 

これはわたしの勝手な想像だけど、なんとなく「サメと女」という取り合わせが「クマと女」に似ている気がします。

アイヌのカムイ信仰では、クマにはクマ神が宿っていると信じられており、大切な存在なのだそう。イオマンテという儀式があって、その儀式の日を迎えるために担当者のアイヌ女性は、赤ちゃんクマを自分の子どものように世話し、大きくなるまで大切に育てるという風習があったのだそうです。

 
 

「サメに乗った女が夢に現れたので禊ぎを行った」というお話が、日本の神道とカムイ信仰がクロスするようなかたちでできた可能性もなきにしもあらず?!と勝手な想像をしはじめると、歴史書のページをめくる手もちょっと熱を帯びてきます。人の歴史は戦いや迫害の歴史だけじゃないって思いたいしね。

(でも、本当にとくに何の根拠もないただの想像ですので。念のため。)

 
 

美術に限ったことでもないですけど。

疫病との戦いというピンチに際し、いま、思い描いて実行に移すべきことは何か。

一歩踏み出して考えてみるのもいいかもしれません。

 
 
 
 
 
 

2020.02.29 | BLOG

北海道緊急事態宣言

 

《うちの感染症対策》マスクも食用除菌スプレーもこれで最後。もう価格が高くて買えない…

 
 

なんと。

北海道、ついに緊急事態宣言発令されてしまいました。

アトリエにこもって制作をする身としては普段と何も変わりませんけれど。

 
 

でも、医療に従事されている方や受験のために頑張ってきた方、小さなお子さんやお年寄りを家族にもつ方・・・大変な思いをされている人が大勢いることと思います。

 
 

一日もはやく終息しますように。

大変な中ですけれど心を落ち着けて、こまめに手洗いして感染予防に努めていきましょう。

 
 
 
 

ヒマになっちゃった人もいるかも?

時間があまったら、読書でもいかがでしょう。

 

『アミ小さな宇宙人』(エンリケ・バリオス)

大人から子どもまで読める、じんわりいい本です。

 
 

『トレイルズ 「道」と歩くことの哲学』(ロバート・ムーア)

夢枕獏氏が帯を書いていたので手に取りました。

歩くことで道はできる。(荘子)

 
 

『芸術新潮』3月号

こちらもぜひよろしくお願いいたします。

 
 
 
 
 
 

2020.01.31 | BLOG

NETFLIX

まだまだみたいシリーズ第4弾

バラエティ番組。

といっても、もうここしばらくテレビ見ていません。

 
 

最近はネットのストリーミングサービスの方もずいぶん充実してきているように感じています。

自分のすきなものを選べるしね、便利です。

 
 

インフルエンザ等も気になるので極力外出を控えたいこの頃。

アトリエで作業中ずっと音声流してる中で、今回はNetFlixからベスト10を勝手にピックアップ^^

 
 
 

『アグリー・デリシャス:極上の食物語』

モモフクの創業者であるデイビッド・チャン本人が出演。その土地のソウルフードを切り口に、食と文化について掘り下げる内容。これとっても面白いのでイチオシです。

 
 

『アート・オブ・デザイン』

ちょうど去年、銀座でポーラ・シェアさんの個展があって、すばらしい展覧会でした。

ほかにもエルデコのイルス・クロフォード、オラファー・エリアソン、ネリ・オックスマン、ルース・カーターなどなど…豪華なデザイナーばかり。

美術には世の中のあらゆる問題点や名前のついていない意識に光をあてるみたいなぼんやりした使命があるけど、デザインには世の中のあらゆる問題点を解決してこうぜ!という明快な目的があるように思います。どこまでを対象とするかによって、答えは人の数だけあるかもしれないし、あるいは、誰にとっても正解でなければいけない場合もあるのがデザイン。その心意気には優しさや愛が溢れています。

 
 

『ストーリー・オブ・ダイアナ』

プリンセスといえばダイアナ。運命に翻弄されながらも圧倒的存在感を放った女性。一人の女性の人生をオモチャのように扱う人々とは対照的に、苦難に流されるよりもノーと言って自分らしく高潔さを貫く彼女の姿が一層際立ちます。

ちなみに、メーガン妃も眞子様も負けないでがんばってほしいです。とお祈り申し上げております。

どんどん新しくなる時代についていきましょうよ。選択したことが正解になるかどうかはずっと未来にならないとわからないことですし、もし想定通りでなかったとしても、それもまた振り返りの材料になるはず。もちろんその努力をするべきは彼女らではなく、周りのわたしたち民衆ですけれどね。(これまた、やすい同情心からあれこれ言いましょうという意味ではありません。念のため。当人のための努力なんかは、それぞれ自前の考えや経験によって当人で対処できるはず、それを信じていいはずです。)

よいとかわるいとか、格がどうとか、そういうことに固執するよりも人の歴史やいろんなことに想像を広げるのに、エンタメって意外に役立つんじゃないかしらと思います。

というわけで、全3時間くらいなのでぜひ^^

 

『レイチェルのパリの小さなキッチン』

フードライター兼料理人、レイチェル・クーの番組。本当に狭いキッチンから生みだされるステキなフランス家庭料理。食べたいだけ、思いっ切り食べましょう。人生は短い。吹き替えの声優さんのしゃべり方がキュートです♡

 
 

『ハサン・ミンハジの愛国者として物申す』

インド系アメリカ人(インド人かも?)のハサンが、毎回様々なテーマであれこれしゃべり倒す番組。とりあげるテーマも斬新です。最高です。いろんなお国柄があるって素晴らしいことだなって思います。

 
 

『ハサン・ミンハジのホームカミング・キング』

こちらもハサンのおしゃべり。面白いです。どこか笑福亭鶴瓶さんのトークライブ「嫁の話」とか「青木先生の話」を思わせるようなノスタルジックな空気感で、最初から最後まで楽しめますよ。

 
 

『ザ・シェフ・ショー~だから料理は楽しい~』

とにかくたのしい。見てもまるで食欲がわかないどころかむしろ途方に暮れてしまうあのメニュー「タコス」や「BBQ」にも、少しずつ親しみがわいてきたような気がします。

 
 

『KonMari~人生がときめく片付けの魔法~』

「お家に挨拶する」という独自の儀式も入ったりするんですが、日本でお正月に家中の全部の部屋や設備の神様にお参りしてまわるあれの応用でしょうか。「洋服の山」も作ってみたくなることまちがいなし(笑)単なる「生活の知恵」でなく、近藤麻理恵さんオリジナルのスタイルがあるのが爽快です◎

 
 

『インテリア改造計画』

古くなった家のインテリアデザインを3人のデザイナーが手がけ、まる3日間かけてリフォームを仕上げ、競い合うという内容。自分ならこうするな~って見てて思ってしまうので、これ、見はじめると止まらなくなるやつです。

 
 

『クィア・アイ』

個性的な5人が毎回、依頼者のライフスタイルそのものをデザインします。カルチャー、ファッション、住居、食事、美容という視点からのアドバイスがいつもステキです。(カルチャー担当・カラモのファンです☆)

 
 

 
 
 
 

2020.01.08 | BLOG

あけましておめでとうございます

七草粥食べましたか?

あけましておめでとうございます。

 

日本経済新聞の元旦号の第四面に

「踏みだす」を掲載していただきました。

見てくださったみなさま、ありがとうございます。

 

紙面の解説にあったように、『アイヌの昔話ーひと粒のサッチポロ』(ウエペケレ)という話集の中の「家出した犬」というお話からイメージして描きました。

 
 
 

アイヌには、文字のかわりに口承文芸という独自の文化があったそうです。

 

小学生の時に社会科の授業で担任の先生がこう話していました。

 

「アイヌは数字も文字も持たず交渉ごとが苦手だった。(ここでサケと和人の作った物との物々交換の実演が入り・・・)だからいいように使われ、だんだん暮らしにくくなり、和人文化に同化させられたこともあって人口が減ってしまった」

 

先生がそう話したので、子供ながらに、文字がないからそうなったのか???と思ったことを覚えてます。そういう話になること自体がそもそも間違いだったってことは、大人になってから知りました。

 
 
 

授業中の読み書きや体育館で聞かされた先生のお話なんかは記憶に残らない。

 

でも身近にいる人が「お話」してくれたことは、いくつになってもずっと残っていたりする。

 

自然と共存するための大切な考え方、家族が家族として幸せに暮らすのに大切なこと、自分や相手を理解するために必要な考え方、アイヌのお話の中にはたくさんの知恵や生き方のヒントがあります。

身近にいる者同士が日常的に語り継ぐことが大事なのかもしれません。

 
 
 

今、わたしは文字を使えるけど、何に使ってるか?

 

文字が読めるので、中東と米国のよくわからない揉め事に日本の自衛隊が派遣されるかもしれないってニュースを読めた。揉め事に巻き込まれている人々も誰かの兄で弟で夫で息子であるはずで、そして、いつか自分の兄や弟や夫や息子もそこへ送られるかもしれない、二度と帰ってこない日が来るかもしれないって想像する。そんなの耐えられない。でも何も言えない。何をどう言えばいいか言葉が見つからないから。一文字だって発せないまま、ただどうしてそんな事になっちゃったのか?と考えるばかり。

 

文字があったってそんなもん。

知っているからって、うまいこと使えるとは限らない。

 
 
 

口承文芸にはいくつかジャンルがあり、話の展開や表現にも決まった型のようなものがあります。

よく出てくる言い方に、こういう表現があります。

 

「何を欲しいとも何を食べたいとも思わないで暮らす」

 

人が最高に幸せに暮らしている様子の言い表し方であるようです。

足るを知るということでしょうかね。

 

 

ご興味のある方はぜひ書店で。

 

北海道の白老町でも今年4月、国立博物館ウポポイがオープンするそうです。白老町の和牛まつり(6月頃です)とあわせて楽しみが増えました。

 
 

2020年がみなさまにとってよい一年となりますように。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 
 
 
 
 
 

2019.12.10 | BLOG

夢にまでみた

ここ最近の3つめ

入手しました!清水の舞台から飛び降りる思いでついに!夢にまでみた打刷毛を!

自分の仕事に必ずしも必要な道具じゃないから、わたしには贅沢品です。大事に使わせていただきます。

さて。子どもの作文のようなスピードで、もう表題について書きたいことがなくなってしまった。むしろ写真だけでもよかったんですけどね。いい買い物したことを見せびらかしたかっただけだから。

でもついでだから制作テーマと以前の出来事でもうちょっと書きます。

夢は以前からテーマにしてましたが、ちょっと前に、たしかデザイナーさんが考えてくださったと思うんだけど、ポスター用のコピーが気に入ってしまって、「夢と、憧れと、強さ。」そのまま使わせてもらってます。三拍子そろってて、いいじゃないですか。

「夢」と一口に言っても、その意味って人によってかなり違うものです。

肯定的だったり否定的な意味合いだったり、会話してる二人とも、なんだかよくわからないまま言葉を交わしてる時もあったりなんかして。面白い言葉だと思います。

かなり前のことですが近所の焼き鳥屋さんに行った時、飲んだくれの顔の赤いオジさんから、

「で、君の夢はいつ叶うの?」

って問いかけられたことがあります。

んー?

オジさんにとっての夢というやつはどこかに到達する地点があって、その時がきたら「叶った、手に入った」というものらしいということが質問の仕方からわかった。であるからして、わたしは答えに困り果てた。わたしの見解と彼のそれとはまるで違ってたから。

わたしが思っている「夢」とは、もっと具体的で、到達点なんか無いんです。

夢っていうのは、可能性たっぷりの更地みたいなものじゃないかと思うんです。

希望というやつも夢に似てますけど、それはただの建設予定地であって、すでに自分の足元にあるような場所のこと。

夢を持つのってテーマパーク建設予定地みたいな場所を維持し育んでいくという、継続した決意の表れに違いないんじゃないかしらと思っています。

みんな生まれながらにして広大な更地をもっていて、そこに木を植えようがビルを建てようがぜんぶ自由。人を招いてもいいし、クローズドの花園だっていいんです。心の中のものだからね。いくつあってても構わないし。夢を持つのってちょっと面白そうじゃないです?

時間を忘れて没頭できること、夢中になれること。

四六時中いつでもそのことを考えずにいられないようなこと。

そういうようなことを「夢」とすれば、努力であるとか難題であるとか、そういったものを一つ一つ乗り越えることも苦にならないんじゃないかなと思います。それどころかむしろ、自分のいる場所が楽しくて仕方のない場所になるかもしれません。

夢は「わくわく」、憧れは「キラキラ」、希望は「きっとだいじょうぶ」。

わくわくキラキラきっとだいじょうぶ、そういった思いを持つこと自体が、われら人類の足元を明るく照らし、人生ってものをより強くしてくれる。と信じてます。

時々すれ違いざまに

「君の夢はいつ叶うの?」

だなんて、トンチンカンにも思えることを尋ねる人が現れますけれど、風に紛れて聞こえる雑音でしょうか?

何をどう答えたらオジさんが聞きたい答えになるかと一瞬考えたのち、いいや、と思い直して「じゃオジさんの夢って何さ?」と逆質してみましたら。

「オレの夢はねぇ。何歳になっても日曜の午後、こうして陽の高いうちからさぁ、飲んだくれることだよ。いつまでも飲んだくれていたいよねぇ?でさぁ隣の美人にお酌してもらえたら尚いいよねぇ。で君は飲んだくれるための努力なんかしてんのかい?」

ですって。

つまりコツコツ働いてドロップアウトすることなく、平和な日常生活を守っていけることが顔の赤いオジさんの夢。

なるほど。

この国にとって超がつくくらい重要人物ですな顔の赤いオジさん。その夢、支持致します。

さて答えが決まった。

わたしの夢はね。

愛する人々のよろこぶ顔思い浮かべながら次に描くもの考えつつ、もう一杯おかわりいただくことです。もう夢なんかすぐ叶っちゃうよ。あ、オジさんはオジさんで、そっちで自分でやっといて。

わたしお酌は、致しません。

おかわり~


 
 
 
 
 

2019.11.16 | BLOG

飯糰

ここ最近の

ふたつめ

飯糰!

やっと作れました。

思いがけず感動した美味なるもの。

もち米で、具がぎゅうぎゅうに入った楽しいおにぎりです。

台北で食べた、地元の人々の朝食。

台湾では共働き家庭が一般的で、朝は大忙しなのだそう。

毎朝7時頃には食堂の店先に人だかりができはじめます。

言葉のままならない外国人がガイドブック片手に行ってウロウロまごついて困らせるのもなんですし、こちらの本気度を示すためにも、混み始める前の時間に財布をつかんで店へと走り、いろんな飯糰堪能しました。

(ガイドブックに載ってる情報はごく一部だけど、駅の近くを歩くと朝食のお店はあちらこちらですぐ見つかりました。アプリも便利 → Yelp! 

店先で手早く食べ終えてから厨房の中を観察してましたところ。

チュロスみたいな形の揚げパンをどこの店でも必ず使っていました。油条(ヨウティャオ)というそうです。

料理人のおじさんが、生地を包丁でリズミカルに切り分けてにゅーっとのばしてくるっとやったのを厨房の奥の方で時間差で2度揚げしています。この揚げパン、豆乳スープにも入ってるんですけどカリカリで良いアクセントなんです。お腹が空いていればこれだけを追加で頼んで持ち帰るのもありです。

(で、おなか一杯になったら、この後もちろんホテルに戻って2度寝です)

そういうわけで、記憶とクックパッドを頼りに。

作ってみましたヨウティャオ!

ポイントは重曹。

ベーキングパウダーよりも断然、中華圏の炭水化物っぽい味になります。

実物より短く、カリカリ度もイマイチですが、何度かトライしてそれっぽいものができるようになったので良しとしましょう。150gの小麦粉で10本くらいできました。これを半分に切って使います。残りはジップロックに入れて冷凍。

さて

果たして。

もち米を固めに炊いて、肉鬆(ローソン)、煮卵、漬物は酸っぱいのと辛いのと用意して。

全てをラップでテキトーな感じにゴロンとくるんだらできあがり。

ちなみに漬物きらしてた時、ためしに紫キャベツのザワークラウト投入してみましたら、これが当たりでした。色合い的にも鮮やかでいい感じ。(うちは発酵させずにホワイトバルサミコ酢でつくるので漬物臭ゼロ。漬物苦手な人にはこっちの方がいいかも)

温めた豆乳といっしょに、いただきま~す

とても簡単だったのでB級グルメ好きな人はぜひおためしあれ。おなか一杯になったあと2度寝するのはおすすめしませんが。

2019.11.14 | BLOG

バスキア

ここ最近の、初いろいろ。

何回かにわけて書きます。

ひとつめ

バスキア展!

とてもよかった展覧会

高校生のころ、ちょうど「ベルリンの壁崩壊」をテレビニュースで見ていた世代です。グラフィティみたいな表現を知ったのもその時でした。ドイツや周辺国の情勢がどうってことは知らないし、壁の落書きなんてのも、ただ見ると治安悪そうで嫌悪感を感じるはずだけど、それだけじゃないものを感じたことを覚えてます。

どうしてそこに、上から重ね書きしてまで、絵も文字もごちゃまぜで自由に、大量の塗料と時間を費やして、そんな風に描きたいと思うのか。どうして?それでいいのか?いいんだ!とかね。

当時は雑誌が大好きだったので、背伸びしてVOGUEやCOSMOPOLITANも書店で立ち読みしてて、外国の街のカルチャー紹介記事でウォーホルやバスキアを知りました。(バブル期のなごりで当時の日本版VOGUE誌は今の2倍くらいの厚さだったんです。重くて立ち読みが大変でした)

自分もあんな風に表現したいとその時は思わなかったけど、何かがすごく面白いと感じてて、書店の片隅で目をキッラキラさせてた変な女子高生(笑)時代を思い出します。

ドクロの絵がよく知られていますが、ZOZOの社長さんが所有してるという作品も出品されてました。あんなの手に入れられるなんていいなぁ。入場料だけでいいもの見られて、おすそ分けもらったような気分になれて良かったです。

森アーツセンターで今月17日まで

2019.06.15 | BLOG

夏の花

先週、札幌のよさこいソーラン祭り、終わり。

つぎは北海道神宮祭ですね。

 
 

昼も夜もまだまだうっすら寒いですけど

季節先取りで、夏の野草で投げ入れ♪♪

 

 
 

くっきり濃いめのムラサキツユクサを見つけたので、ヒルガオと合わせてみました。

うまくできないけどご愛嬌ということで。

 
 
 

お店に並ぶおしゃれな花も好きですけど

野草のいいところは

 

夕方になると、どの子もお行儀よく花びらを閉じるところ。

 

 

かっ

かわゆい・・・

 
 

今日は暖かくなるといいね~

 
 
 
 
 
 

2019.05.26 | BLOG

草むしり

朝乃山関初優勝、おめでとうございます。

令和初にして平幕優勝!

 

令和元年、幸先いい感じでいいですよね。

 

【品名:道民の赤飯】新元号発表の翌日、スーパーで購入したお赤飯。北海道ではお赤飯の小豆が80%の確率で甘納豆ですが、これはその豆が贅沢に敷き詰められた、甘いもの好きにはたまらない一品・・・かと思ったら、なんと甘納豆ではなく煮豆でした。これどう受け止めるべき?


 

今日あたりから気温が急上昇するというので。

先週金曜の午後、気になっていた草むしりを終えておきました。

 

北海道に梅雨はないと言われてるけど、それでもやはり雨は多くなります。

本州のそれとはちょっと違って、北海道には「リラ冷え」と呼ばれる冷え込む日もあり、この時の雨にあたると凍えるような寒さを感じることもあります。

 

北海道特有の雨シーズンに突入する前と後は、草むしりにうってつけです。

気温が上がりはじめる前、5月の今時期と、6月の雨が上がる時期、この2回の草むしりをどこまでやるかで、1年間の手間が大幅に変わってきます。

 

取るべき雑草は2種類。飛来してきて芽を出したやつ、それから、冬眠していた地下茎から地表に顔を出したやつ。スギナやタンポポなどをうまく掴みあげると去年の太めの根っこも一緒についてくるんですが、ここで上手を取ってすかさず掬い上げるように引き抜く。ここが1回目の草むしりの要です。

 

2回目は、雨シーズンが終わって気温がわっと上がりはじめる時。ここで出遅れた残党を取り去ってしまえばパーフェクトというわけで、あとは冬までラクなものです。

 

 

ところが去年はたまたま予定が重なってて、うっかり1回目シーズンを逃してしまいました。

雨があがった頃、雑草達のテンションは一気にあがり、あっというまに窓の外は緑の絨毯。

 

ガーン。

どんよりしながらも、草、むしりました。

 

イヌフグリ(自販機の脇でよく見るオオイヌフグリと似てるけど違います)を発見したので、それだけは「かわいいから」という理由で残し、あとは容赦なく無差別にむしる。でも1回目を逃していたのが災いし、その後も草達は無尽蔵に増えていきました。

すぐにイヌフグリは見えなくなってしまい、おまけに、なんと、ある日気づいたら

 

何者かに知らぬ間に除草剤を散布されてた。

誰ですの!除草剤撒いたの!

 

なぜ知らぬ間に除草剤散布されるのかというと。

それは。

マンションだから。

(撒いたの何者かって、たぶん業務委託のおじさんだけど)

 

ウチから見える範囲の草むしりを毎年勝手にしてただけなので、わたしが異議申し立てることはできません。でも、いつもそこそこキレイにしてたし、そろそろこっそり耕して何植えようかと・・・そんな矢先の出来事だったのです。

 

工場跡地の建物で、日当たり良好なのにドクダミも生えたりする。だからたぶん水はけはあまり良くない。でもスギナの背丈は毎年だんだん低くなってきてたし、部分的に新しい土を入れればと目論んでいた。

それなのに。あ~あ。

 

ここ10年以内のもっともショッキングな事件でした。

まるで立ち直れる気がしなくて、3分くらいボーッとして、その後、半日くらいアイスクリームとフルーツしか受け付けないほど食欲が落ちてしまいました。

 

そんな悲しい出来事に見舞われた昨年だったので、今年こそ抜かりなくと待ち構えていたんです。

それで、こないだの金曜の午後。

 

いざ!

 

除草剤で異様な感じに朽ちた去年の草が砂利の上にばらばらと散らばり残ってて、不浄の地となってしまったうちの土俵。まちがえた、うちの敷地。去年の枯草のせいで小さな雑草の芽が拾いにくかったですけど頑張りました。わたし。立ち合いから、西へ東へ、寄り切って・・・下手投げっ!とりゃっ!目にもの見せてくれるわ業務委託のおじさんっ!

 

 

ふぅ。

次の取り組みもしっかり頑張ろうと思います。

 

みなさま、庭へ出る際は熱中症にお気をつけください。

 
 
 
 
 
 
 

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